mRNAワクチンはがん治療に貢献できるか

COVID-19流行により、細胞にタンパク質産生を指令する分子である 伝令RNA(messenger RNA:mRNA)に注目が集まっている。全世界で何億人もの人々がSARSコロナウイルス2の感染による重篤な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する強力な予防効果を持つmRNAワクチンの接種を受けている。

COVID-19 mRNAワクチンが見事な成功を収めているのと同じように、研究者らは以前から、mRNAワクチンをまったく別の目的、即ち、がん治療に利用することを望んでいる。がん治療mRNAワクチンは小規模臨床試験でほぼ10年にわたって検証されており、初期の段階では有望な結果も出ている。

実際、ファイザー社/ビオンテック社とモデルナ社の研究者らは、COVID-19ワクチンを開発する際に、がんワクチンの開発経験を活用した。現在研究者らの中には、COVID-19 mRNAワクチンの成功が、がん治療用mRNAワクチンの臨床研究の促進に役立つと考える者もいる。

「現在、mRNAをめぐる熱気はすごいですね。mRNAワクチン研究に流れ込む資金と資源は、がんワクチン分野の助けになるでしょう」とPatrick Ott医学博士(ダナ・ファーバーがん研究所個別化がんワクチンセンター長)は述べた。 

数十件の臨床試験で、膵臓がん、大腸がん、悪性黒色腫などさまざまな種類のがん患者を対象に、治療用mRNAワクチンが検証中である。一部のワクチンは、腫瘍に対する人体の免疫応答を増強させる薬剤との併用が評価されている。

しかしmRNAがんワクチンは、単剤療法または他のがん治療法との併用療法のいずれにおいても、米国食品医薬品局から承認されたものはない。

「mRNAワクチン技術は感染症分野では非常に有望で、新型ワクチンの開発につながる可能性があります。また、がん治療などの他の分野への応用に関してもmRNAワクチン研究は有望視されていますが、まだ実証されたものはありません」とElad Sharon医師・公衆衛生学修士(NCIがん治療・診断部門)は述べた。

「現在進行中のmRNAがんワクチンの臨床試験から複数の所見が出始めていますので、間もなくそれらのmRNAがんワクチンの安全性と有効性が明らかとなるでしょう」とSharon氏はさらに述べた。

mRNAワクチンはどのようにして作用するのか

過去30年以上にわたり、研究者らは安定した形のmRNAを設計し、mRNAをワクチンとして体内に送達する方法を開発してきた。mRNAは体内に入ると、ワクチンを取り込む細胞にタンパク質産生を指示し、同じタンパク質が無傷のウイルスや腫瘍細胞中に存在する場合には、それらに対する免疫応答を活性化させるようにする。

ワクチンのmRNAを取り込む可能性が高い細胞の1つが、免疫系の番人である樹状細胞である。樹状細胞はmRNAを取り込んで翻訳した後、出来上がったタンパク質(抗原)をT細胞などの免疫細胞に提示し、免疫応答を開始させる。

「樹状細胞は、T細胞が抗原に応じてがん細胞やウイルス感染細胞を捜索・殺傷できるように教育する教師の役を務めます」とベルギー・ブリュッセル自由大学(VUB)でmRNAワクチンを研究するKarine Breckpot博士は述べた。

ファイザー社/ビオンテック社とモデルナ社のCOVID-19ワクチンに含まれるmRNAは、細胞に対して新型コロナウイルスの表面にある「スパイク」タンパク質を産生するよう指示する。

免疫系は樹状細胞から提示されたスパイクタンパク質を異物とみなし、一部の免疫細胞を動員して抗体を産生させ、他の免疫細胞には感染そのものを撃退させる。新型コロナウイルスの存在なしにスパイクタンパク質に曝露された免疫系は、その後の実際の新型コロナウイルス感染に対しても強く反応するよう、すぐに準備(予備刺激)される。

がん研究は迅速なmRNAワクチン開発へ

「COVID-19がパンデミックとなった時、mRNAワクチン技術は、その有望性を実証する予期せぬ機会を得ました」とペンシルベニア大学医学大学院でmRNAワクチンを研究するNorbert Pardi博士は述べた。

「今日のmRNAワクチン製造は、容易で迅速かつ必要に応じて規模拡大できます」とPardi氏は続け、「どのようなmRNA配列であっても、同様の製造手順が適用できます」とPardi氏は述べた。

これまでワクチン開発過程には10~15年の歳月が必要であった。しかし、ファイザー社/ビオンテック社のCOVID-19ワクチンとモデルナ社のCOVID-19ワクチン(NIHとの共同開発)は、いずれも1年未満で設計、製造され人に対する安全性と有効性が確認された。

「感染爆発時の感染症ワクチン開発には、迅速性が必要です。今回のCOVID-19流行は、mRNA技術が迅速なワクチン開発と世界規模での迅速な製造に適しているという我々の仮説を裏付けています」とLena Kranz博士(ビオンテック社がんワクチン部副部長)は述べた。

COVID-19 mRNAワクチンの設計、製造、および試験を迅速に行うための基礎は、数十年にわたるがんワクチンの研究によって確立された。それと同時期に、免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法ががん治療の新たな手法として登場し、一部の患者では劇的かつ長期にわたる免疫応答が得られるようになった。

「免疫療法とmRNAがんワクチンの研究には、多くの相乗効果があります。ワクチンは免疫チェックポイント阻害薬の成功をもとに成り立っており、その基礎となる生物学の知識を広げるものです」とRobert Meehan医師(モデルナ社臨床開発部シニアディレクター)は述べた。

mRNAワクチンの積み荷の修飾と保護

mRNAワクチンを成功させるにはmRNAを体内に送達できる技術が不可欠である。もし、mRNA配列が何の防御策もなく体内に注入されると、免疫系に異物として認識され破壊されてしまう。

一部の開発中のがんワクチンが採用している解決策は、mRNAを脂質ナノ粒子(mRNA分子を保護する微小球体)で包装することである。その他の送達手段には、リポソーム(小胞、つまり泡状の物体の一種)がある。

「最先端のmRNAワクチンのプラットフォームでは、脂質ナノ粒子に封入されたmRNAが使用されます」とPardi氏は述べ、「ファイザー社/ビオンテック社とモデルナ社のCOVID-19ワクチンの臨床試験で脂質ナノ粒子の有効性が実証された今、この技術は将来のがんワクチンの臨床試験でも間違いなく利用されるでしょう」と言い添えた。

「ファイザー社/ビオンテック社およびモデルナ社のCOVID-19ワクチンのもう1つの重要な特徴は、修飾型mRNAを使用していることです」とNCIがん研究センターでmRNA修飾を研究しているJordan Meier博士は述べた。

こうしたワクチンのmRNAには、シュードウリジン(天然に存在するヌクレオシドの修飾体)が組み込まれている。ヌクレオシドはmRNAの構成要素で、特定のヌクレオシドの配列によってmRNAが細胞内のタンパク質合成機構に与える指令内容が決定される。

「(シュードウリジン)修飾により、免疫系がmRNA自体をほとんど認識できなくなるようです」とMeier氏は述べた。この修飾はmRNAの機能を変えることはないがワクチンの有効性を高める可能性があるという。

がん研究者らは開発中の治療ワクチンで、修飾mRNAと未修飾mRNAの両者を検証している。「がんワクチンの開発における両手法の相対的な利点を明らかにするためにはさらなる研究が必要です」とMeier氏は述べた。

個別化mRNAがんワクチンの開発・検証

10年以上前から、がん研究者らは、mRNAやタンパク質小片(ペプチド)などのさまざまな技術を利用して、治療法の一種である個別化がんワクチンの開発を進めている。

開発中のmRNAワクチンは、腫瘍の特異的な分子的特徴に基づいて個人用に製造される。患者から組織検体を採取してから、個別化mRNAがんワクチンを製造するまでに1~2カ月を要する。

「個別化がんワクチンの接種には、速さが特に重要です。高度に個別化された混合ワクチンの設計及び製造は腫瘍生検の実施から数週間以内に実施する必要があります」とMathias Vormehr博士(ビオンテック社がんワクチン部副部長)は述べた。

研究者らはこの手法を用いて、がん細胞が産生する異常なタンパク質(ネオアンチゲン)に対する免疫応答を引き出そうとする。ネオアンチゲンは正常細胞には存在しないため、ワクチン誘発性免疫応答の有望な標的になっている。

「個別化がんワクチンは免疫系に、がん細胞が体内の他の細胞とどう異なるかを教えているのかもしれません」とJulie Bauman医師(アリゾナ大学がんセンター副所長)は述べた。

Bauman氏は進行性頭頸部がん患者を対象に、個別化mRNAワクチン+免疫チェックポイント阻害薬の併用療法を検証する臨床試験を共同で主導している。本臨床試験には当初大腸がん患者も含まれていたが、この患者群にはこの治療法が有効ではなかった。

しかし、頭頸部がん患者では早期で良好な結果が得られた。最初の参加患者10人のうち、2人は治療後に腫瘍の徴候がすべて消失し(いわゆる完全奏効)、他の5人は腫瘍が縮小した。

「頭頸部がん患者の最初の群で、完全かつ持続的な2つの奏効例が確認されたことは驚きでした」とBauman氏は述べ、「本臨床試験における頭頸部がん患者の参加者を40人に拡大しました」と指摘した。 

「治療した患者数は少ないですが、用心しながらも楽観視しています」とBauman氏は述べた。本臨床試験はモデルナ社の提供で行われており、同社は約6週間で患者ごとに個別化されたワクチンを製造する。

製造工程は、ネオアンチゲンを産生する可能性がある患者の腫瘍細胞内の遺伝子変異の特定から始まる。次に、T細胞上の受容体と結合し、免疫応答を活性化させる可能性が最も高いネオアンチゲンをコンピューター・アルゴリズムで予測する。mRNAワクチンには、最大で34種類のネオアンチゲンの遺伝子配列を含むことができる。

「mRNAワクチンによる個別化された免疫療法に期待されているのは、異常な分子的特徴に基づいて、個々のがん細胞を特異的に認識するT細胞を活性化できるようになることです」とBauman氏は述べた。

mRNAがんワクチンの科学の進展

「多くの免疫療法は、非特異的な方法で免疫応答を活性化させます。つまり、がんに直接応答するわけではありません。個別化がんワクチンは、必要なところへ正確に免疫応答を誘導できます」とOtt氏は述べた。

一部の企業では、前立腺がん、消化管がん、悪性黒色腫など特定の種類のがんと関連する数十種類のネオアンチゲンを集めたmRNAがんワクチンの研究も行われている。

臨床試験だけでなく、mRNAがんワクチンに関する基礎研究も続けられている。一部の研究者は、mRNAワクチンに含まれるネオアンチゲンに対する免疫細胞の応答を増強させようとしている。例えばある研究は、腫瘍との戦いで疲弊したT細胞の応答の改善を目的としている。

「この分野の課題は、個別化mRNAがんワクチン用のネオアンチゲンを特定するための最善の方法を見つけ出すことです」と数人の研究者らは述べた。

「まだまだ明らかにすべきことや答えるべき疑問がたくさんあります」とOtt氏は述べた。「例えば、個別化がんワクチンと併用する免疫チェックポイント阻害薬などの他の治療法でどれが最適なのかなどは、まだ明確になっていません」。

がん研究者らがこうした疑問を追究する間、他の研究者らは、世界中で増え続けるCOVID-19 mRNAワクチンの被接種者から知識を深めていくことだろう。

「ウイルスの研究から得られたmRNAの組成やmRNAの包装法に関する知見は、がんワクチンの研究の役に立つ可能性があります」とBreckpot氏は述べた。

「COVID-19のパンデミックを経験してようやくmRNAワクチンが科学界に広く受け入れられるようになったというのは残念なことでした。しかし、COVID-19 mRNAワクチンの世界的な使用によって、この手法の安全性が実証され、がんワクチンの扉が開かれようとしています」とBreckpot氏は述べた。

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 橋本 仁(獣医学)

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