試験参加者への遺伝子検査結果の返却に関する取り組み

遺伝子検査を含む研究の参加者は、検査結果を受け取らないのが一般的である。その理由の一つは、受け取ることによって研究参加者に潜在的利益を上回る負担が生じる可能性が懸念されるためである。

しかし今回の新たな研究では、多くの研究参加者が、結果を受け取ったことで遺伝子検査に関する知識が増え、不安が減ったと感じると遺伝カウンセラーに報告したことが示された。

臨床試験責任医師でペンシルバニアヘルスシステム大学(University of Pennsylvania Health System)のがん専門医、Angela Bradbury医学博士は、これらの研究結果は、自分の結果を受け取ることに関心がある研究参加者が有意義な経験をしていることを示していると述べ、さらに「私たちはこの研究で、想定した弊害や懸念をすべて見ているわけではありません」と付け加えた。

しかし、研究参加者の約半数は、遺伝カウンセラーとの話し合いが必要となる遺伝子研究結果の受け取りの提供に対し無回答であった。

結果の受け取りに対する回答率を上げるため、「私たちは遺伝カウンセリングを提供するための代替モデルをいくつか検討する必要があるでしょう」と、本研究には参加しなかったダンビルのGeisinger Genomic Medicine Instituteの理学修士、公衆衛生学修士、L.G.C.であるAdam Buchanan氏は述べた。

NCIが資金提供し4月16日にJCO Precision Oncology誌に発表された研究は、がん研究の参加者に対する遺伝子研究結果の返却をめぐる重要な問題に答えを出しつつある、とNCIのがん対策・人口統計学部門(Division of Cancer Control and Population Sciences)の法務博士でプログラムディレクターのCharlisse Caga-anan氏は述べた。

研究参加者は遺伝子検査結果の受け取りを望んでいるか?

参加者は結果を受け取ることに関心があると仮定する研究が一般的で、結果の返却方法、また参加者の反響について調べた研究は比較的少ないとCaga-anan氏は説明した。

「私たちはこの隙間を埋めようと思いました」と、Bradbury医師は述べた。

Bradbury医師らは、別のある研究に参加したBRCA1またはBRCA2遺伝子に有害な突然変異のない402人の乳がん既往歴ある女性に連絡を取った。その研究は、乳がんや他のがんの発症リスクに影響を及ぼす可能性のある複数の遺伝子の突然変異を調べる遺伝子検査に関わるものであった。これらの遺伝子の一つ以上に突然変異を有する(陽性結果)と、がんの治療法、または他のがん検診の頻度が変わる可能性がある。また陽性結果は、患者家族の医療行為にも影響を及ぼす可能性がある。

この新たな研究でBradbury医師らは、遺伝カウンセラーとの話し合いの後、参加者に自分の検査結果を学ぶ機会を提供した。新たな研究への参加の呼びかけは陽性の検査結果が条件ではなかったと説明した。

女性のほぼ半数は研究者らの呼びかけに応じなかった。これらの女性は年齢層が高く、非白人である傾向がより強かった。参加を完全に拒否した女性がいた一方で、参加について研究者らと電話で話し合った女性もいたが、参加には至らなかった。全体で107人の女性(より若く、既婚者で、白人である傾向が強かった)が自分の遺伝子研究結果を受け取ることに関心を持ち、研究に参加した。

非常に多くの女性が応じなかったことはある意味驚きで、遺伝子研究に参加する人は皆、自分の遺伝的結果を受け取りたいだろうと推測していたとBradbury医師は述べた。しかし、これらの研究結果はその推測に疑問を投げかける。

研究者らは、一部の女性が拒否した理由、応答しなかった理由を知りたいと考えている。「女性たちが提供された内容を理解したかどうか、また遺伝情報に向き合いたいと思っているかどうかは不明です」とBradbury医師は述べた。

遺伝子研究結果の返却方法

自分の結果を受け取る前に、各参加者は遺伝子検査リのスクと利点について遺伝カウンセラーと話し合った。カウンセラーは、研究で用いる遺伝子検査は、日常臨床で行われる遺伝子検査とは異なることを説明した。例えば、医師や研究者は異なる種類の検査を用い、結果についても異なる解釈をする可能性がある。さらに、臨床の遺伝子検査は一定の基準を満たさなければならないが、研究で用いる検査はその必要がない。

このような話し合いにより、参加者は自分の結果を受け取ることについて不安や不確実性が減ったと感じると話した。その後、参加者は自分の研究結果を受け取るかどうか決断した。参加者のほぼ90%が「十分な情報に基づく意思決定(インフォームド・デシジョン)」(遺伝子検査に関する個人の知識および認識に沿った決定)を下した。

遺伝カウンセラーは結果の受け取りを希望した参加者に対し、遺伝子研究結果を電話で、または直接伝えた。結果の受け取りを希望した83人のうち、がんのリスク上昇に関連する有害な変異を有していたのはわずか13人であった。他の16人は、意義不明の変異または多型(VUS)(突然変異ががんのリスク上昇に関連しているかどうか不明という意味)を有していた。

遺伝カウンセラーは有害な変異または何らかの意義不明の変異(VUS)を知っていた女性に対し、臨床遺伝子検査により自分の研究結果を確認するよう助言した。また、確認臨床検査に進んだ64%の女性の検査を支援した。確認臨床検査の費用に研究資金を充てることができたが、1人を除く全ての女性参加者が費用の全額を健康保険で賄った。

確認臨床検査により、研究の検査で発見された突然変異がほぼすべて確認された。一部の症例は研究者と臨床検査技師とで結果の解釈が異なっていた。

結果返却の成果

自分の結果を受け取ったことで遺伝子検査に関する知識が増え、がんによる不安、気分の落ち込み、不安定な精神状態、苦痛が減ったと感じると参加者は報告した。

「少なくとも遺伝カウンセリングを行った時点で、研究者、臨床医、倫理学者たちが懸念していたような不安やうつ病はみられませんでした」と、Caga-anan氏は述べた。Buchanan氏によると、これらの結果は遺伝子研究結果の返却について調べた他の研究とも一致する。

しかし、有用性の認識(参加者が情報をどの程度有用と考えたか)は、結果の受け取り後に低くなった。

「人は遺伝子検査結果が実際よりも多くのことを教えてくれると最初に思い込んでしまうのかもしれません」と、Caga-anan氏は述べた。「これは、遺伝情報を提供する際に懸念される問題の一つです。遺伝情報が拡大解釈されてしまう可能性があります」。

全体的に見ると、参加者が受け取った遺伝子研究結果(変異なし、有害または意義不明の変異)にかかわらず心理的影響はすべての参加者でほぼ同じであった。しかし、意義不明の変異(VUS)を有することを知った女性はがんによる苦痛が増したように感じると報告した。

「意義不明の変異(VUS)と、それが患者に引き起こすかもしれない当惑、ストレスの問題が多くありました」と、Bradbury医師は指摘した。しかし、参加者は不安や気分の落ち込みが減ったとも報告したことから、「データはおおむね安心できるものです」と述べた。

少数の女性が臨床検査結果により治療を変更した。例えばある女性は、リンチ症候群(大腸がんやその他のがんを発症するリスクが高い遺伝性疾患)を有していることがわかったため、主治医は大腸がん検診の頻度を増やすことを勧めた。また一部の女性は、親族もがんの発症リスクを高める変異を有している可能性が検査結果から暗示されている。

研究の限界

この研究の限界の一つは、自分の結果を受け取ることに関心のある女性の経験にしか注目しなかったことである。これらの女性はそもそもがんによるストレスや不安を感じることが少ないのかもしれないとBradbury医師は指摘した。また、この研究では有害または意義不明の変異を有する女性が比較的少なかったとも指摘した。

さらに、がんの病歴があることから本研究の参加者は乳がんリスクが高いことを知っている。Buchanan氏は、「このような状況は、集団検診の状況に比べて(遺伝子検査の)有用性が受け入れられやすいです」と説明した上で、がんのない人に遺伝子研究結果を提供することが有用かどうかはまだ不明であると付け加えた。

Bradbury医師はまた、遺伝カウンセラーとの徹底した話し合いが参加者の考え方に影響を及ぼした可能性があることを認めた。「もし別の方法を取れば、精神的被害を受けるリスクがより高まる可能性があります」。

「保険でカバーされていない場合、すべての人に遺伝カウンセリングを提供し、臨床確認検査の支払いを支援するには多くの資金を要します」とCaga-anan氏は指摘し、すべての研究グループがそのような資金を持っているわけではないと付け加えた。

Bradbury医師らは、責任を持って結果を返却するための資金を節約しようと、遺伝子研究結果を受け取るかどうかの決定をウェブベースツールを用いて支援する研究を行っている。現在進行中の研究では、英語とスペイン語で利用可能なオンラインツールを試験している。

さらに、「遺伝子検査に関心のある患者のアクセスを助けるさまざまなモデルがあります」とBuchanan氏は述べた。これらのモデルはまだ研究段階であるが、遺伝子研究結果の返却に役立つ可能性がある。

Caga-anan氏は、遺伝子研究成果を責任ある方法で参加者へ返却する方法は未解決の重要な問題であると説明した。Bradbury医師らが取った方法は遺伝カウンセラーに大きく依存しており、また遺伝子検査の結果が臨床現場に戻される時、通常採用されている方法であるとBuchanan氏は述べた。

翻訳担当者 畔柳 祐子

監修 原 文堅(乳がん/四国がんセンター)

原文を見る

原文掲載日 

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

がん医療に関連する記事

早期承認薬、5年後の確認試験で臨床効果を示したのは半数未満の画像

早期承認薬、5年後の確認試験で臨床効果を示したのは半数未満

AACR2024AACR2024米国食品医薬品局(FDA)が2013年から2017年の間に迅速承認を与えた46種類の抗がん剤のうち、5年以上経って確認試験で臨床効果が実証された...
抗がん剤不足の危機的状況をASCO副会長が議会で証言の画像

抗がん剤不足の危機的状況をASCO副会長が議会で証言

米国臨床腫瘍学会(ASCO)米国臨床腫瘍学会(ASCO)副会長および最高医学責任者Julie R. Gralow医師(FACP:米国内科学会フェロー、FASCO:ASCOフェロー)は、...
米国がん免疫療法学会 2023(皮膚、大腸、肺がん他):MDA研究ハイライトの画像

米国がん免疫療法学会 2023(皮膚、大腸、肺がん他):MDA研究ハイライト

MDアンダーソンがんセンター特集:微生物叢への介入、皮膚がんや転移性メラノーマ(悪性黒色腫)に対する新しいドラッグデリバリー法、肺がんやリンチ症候群の治療戦略など

アブストラクト:153...
​​​​MDアンダーソン研究ハイライト:ASTRO2023特集の画像

​​​​MDアンダーソン研究ハイライト:ASTRO2023特集

MDアンダーソンがんセンター特集:新しい併用療法や分析法に関する研究テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究ハイライトでは、がんの治療、研究、予防における最新の画期的な発...