2012/05/29号◆特別リポート「米国予防医療作業部会がPSA検診反対を勧告」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2012年5月29日号(Volume 9 / Number 11)
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◇◆◇ 特別リポート ◇◆◇
米国予防医療作業部会がPSA検診反対を勧告
長く待たれていた米国予防医療作業部会(USPSTF)の改訂では、前立腺特異抗原(PSA)検査による前立腺癌の検診に反対する推奨がなされた。作業部会の2008年の推奨では、75歳以上の男性に対してのみこの検診に反対であったが、今回の更新ではその対象が全男性に拡大された。
5月21日にAnnals of Internal Medicine誌とUSPSTFのウェブサイトで発表されたこの推奨は、診断または治療後の前立腺癌の進行をモニターするためのPSA検査には適用されない。
「全男性がPSA検診についての科学的データを知る権利があります。利益となる可能性は大変小さく、害となる可能性は大きいのです」と、作業部会の共同議長であるDr. Michael LeFevre氏は、新たな推奨に関する声明のなかで説明した。
しかし、この推奨に対する反応から判断すると、PSA検診の価値と適切な使用についての議論はしばらく続きそうである。
米国泌尿器科学会の現会長Dr. Sushil Lacy氏によると、作業部会が「前立腺癌の診断におけるPSA検査の利益をより適切に反映」するよう推奨を改訂しなかったことに同学会は不満であるという。
またAnnals誌の付随論説で、シカゴにあるロバート・H・ルリー総合がんセンターの臨床前立腺癌プログラム責任者Dr. William Catalona氏と他の施設の同僚らは、作業部会は「前立腺癌検診の利益を過小に、害を過大に見積もった」と論じた。
作業部会の議長であるベイラー医科大学のDr. Virginia Moyer氏は、USPSTFの推奨では基本的に医師は患者にPSA検診を勧めないよう勧告していると述べたものの、患者と医師が共に意思決定を行う必要性に異議はないとも述べた。
「私たちは、検診について尋ねる患者に対応するなとは言っていません。医師は正しい情報を入手できるようにしておく必要があり、実際に患者に尋ねられたときは正確な情報を提供し、患者が最善の決定をできるよう手助けすることができます」と同氏は語った。
二つの試験の物語
作業部会が大きなよりどころとしたのは、2つのPSA検診のランダム化臨床試験のデータである。その試験とはNCIが助成した前立腺癌、肺癌、大腸癌、卵巣癌検診試験(PLCO)とヨーロッパにおける前立腺癌検診に関するランダム化試験(ERSPC)である。
1月のPLCO試験の最新結果では、試験参加者のほぼ60%を13年間追跡調査したところ、定期的なPSA検診は前立腺癌による死亡の減少につながらなかったことが示された。一方、ERSPC試験では、9年間の追跡調査の結果、検診を受けた男性の前立腺癌死亡リスクは約20%低かった。
しかし、PLCO試験とERSPC試験は試験デザインが異なり、両試験とも知見に影響を及ばす可能性のある弱点があったことを作業部会は認めた。
たとえば、PLCO試験は相当量の「コンタミネーション(混入)」があった。すなわち、通常治療に割りあてられた男性(対照群)の約半数が、試験期間中に1回以上のPSA検査を受けていた。
ERSPC試験ではコンタミネーションの率はより低かったが、検診群での死亡リスク低下をもたらしたのは、ほぼすべて、試験に関わった7カ国のうち2カ国(スウェーデンとオランダ)の参加者であった。また、検診群の患者の大多数は大学病院で治療を受けたのに対し、対照群の患者のほぼ全員が地域の医療機関で治療を受けたとMoyer氏は指摘した。これが試験の検診群に有利な結果をもたらすバイアスとなった可能性があった。
これらの試験や他の試験の解析に基づき、55~69歳の男性1,000人が10年間にわたって1~4年ごとに検診を受けて防げる死亡はわずか1例にすぎないとUSPSTFは結論づけた。
作業部会はまた、過剰診断、偽陽性という結果に対する心理的悪影響、生検に関連する感染症などの検診の結果として起こり得る害を指摘した。Moyer氏によれば、1,000人が治療を受けるごとに200~300人が失禁や勃起障害、またはその両方という長期的問題をかかえることになるという。
推奨は批判された
Catalona氏らは、この2つの大規模試験の「方法論的欠陥」と彼らが呼ぶものに加え、前立腺癌のような進行の遅い疾患の検診の利益が明白と言えるようになるには何年もかかるため、どちらの試験からも確定的な結論を引き出すのはまだ早すぎると論じた。
また論説によれば、作業部会はスウェーデンのイェーテボリで行われたPSA検診試験に「ほとんど重きを置かなかった」。その試験はPLCOやERSPC試験よりも追跡調査期間が長かったが、参加者はずっと少なかった。より規模の大きいERSPC試験の一部であったその試験では、定期的なPSA検診を受けた50~64歳の男性の死亡率に40%の相対的減少が示された。
PSA検診が広まり始めた1990年代初期以来、米国では前立腺癌による死亡率が40%減少したが、おそらくPSA検診はそのことに相当の役割を果たしたとDr. H. Ballantine Carter氏は述べた。同氏はジョンズホプキンス大学ブレイディ泌尿器学研究所で前立腺癌患者の監視療法(active surveillance:※日本では「PSA監視療法」)プログラムの責任者である。
「そうした利益を無視することはできないと思います」とCarter氏は言った。
しかし、PSA検診が死亡率に及ぼす影響が認められるまでには、かなりの時間差がある、すなわち10年もの期間がかかるだろうとMoyer氏は指摘した。それにもかかわらず、NCIの癌観察・介入モデリング・ネットワークを通して助成を受けた2008年のモデリング研究では、前立腺癌死亡率減少の45%から70%程度はPSA検診のおかげであると示唆された。
推奨によってもたらされた意見の相違にもかかわらず、最終結果は有益であろうとCarter氏は信じている。「この推奨によって、これまでにすべきであった害と過剰治療についての議論が始まります。長い間、こうした話はされていなかったのですから。それで、より的を絞った検診に向けてこの分野は動いていくものと思います」と語った。
— Carmen Phillips
落第点 USPSTFはグレード・システムに基づいて推奨を行っている。作業部会は前立腺癌PSA検診にグレードDを与えた。それは「検診には最終的な利益がない、または害が利益を上回る可能性が中等度または高度である」と証拠が示しているということになる。2008年に出された前回の推奨では、75歳未満の男性のPSA検診のグレードはIで、検診に最終的利益があるか害があるかを判断するには、現在利用できる証拠では不十分であると作業部会が結論づけたという意味であった。作業部会はパブリックコメントを求めて推奨更新案を昨年秋に公表し、コメントの一部にはPSA検診にグレードCを与えるべきだと提案するものもあった。グレードCは、証拠により小さな利益がある可能性が示唆されているため、検査や治療を受けることを医師が個々の患者に勧めることができるという意味である。しかし、作業部会のルールの下では、「この推奨について私たちには選択の余地は本当になかったのです。すべての証拠をまとめたとき、最も楽観的な視点からでも検診に利益があるという可能性は大変小さかったのです。そして、害の可能性は相当ありました。そのため、全体では(PSA検診の影響は)否定的となっています」とMoyer氏は説明した。 |
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鈴木久美子 訳
榎本 裕 (泌尿器科/東京大学医学部付属病院) 監修
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