術後回復強化プログラムによってがん患者の周術期の成績が改善する

MDアンダーソン OncoLog 2015年9月号(Volume 60 / Number9)

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術後回復強化プログラムによってがん患者の周術期の成績が改善する

がんの手術を受ける患者にとって、合併症が起きたり、回復が長引いたりすると、命を救う別の治療の開始が遅れることになりかねない。患者の周術期の成績を改善し、次の治療のタイムリーな実施の道を開くため、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター外科の数チームが、術後回復強化プログラム(enhanced surgical recovery program: ESRP)を導入した。

麻酔科・周術期科教授で、MDアンダーソンにおける術後回復強化プログラム(ESRP)の責任者であるVijaya Gottumukkala医師は、「術後回復強化プログラムの導入後は、症状の緩和や機能回復の改善、入院期間の短縮、合併症の減少がみられるようになりました」と話す。「当院で手術を受ける患者のこのような目覚ましい変化は、われわれの集学的チームの連帯から生まれました」。

術後回復強化プログラム(ESRP)の原則

術後回復強化プログラムでは、術後の合併症の軽減を目的としたさまざまな原則を組み合わせる。その原則には、ルーチンの術前腸管処置を省略する、可能な場合は低侵襲の手技を採用する、目標指向型輸液療法を行う、疼痛管理では、オピオイド剤の使用を最小限に抑える、チューブやドレーンのルーチンの使用を制限する、術後は通常の栄養や身体活動への早期復帰を奨励することなどがあるとGottumukkala医師は言う。

術後回復強化プログラムでは、必要に応じて、従来のやり方から証拠に基づいた新たな方法に変更することもある。たとえば、患者は従来、手術の前夜12時以降は飲食を禁止されてきた。しかし、新しい方法では、手術に到着する2時間前までは透明な飲料を飲むことが許される。この簡単な変更によって、患者は手術当日、十分な水分が保たれるようになる。また、術後回復強化プログラムでは、ほとんどの患者が手術を受けた当日に通常食に復帰することが許される。

MDアンダーソンの術後回復強化プログラムでは、揮発性麻酔薬に代えて短時間作用型の静脈麻酔薬を使用することに次第に重点が置かれるようになっている。Gottumukkala医師によれば、このような方法で、術後の混乱を最小限に抑えることができるとともに、麻酔からの覚醒時に悪心や嘔吐が少なく、より良い疼痛管理が得られるという。

それぞれの患者によって必要性が異なるため、どの患者にも術後回復強化プログラムのあらゆる要素が実施されるとは限らない。しかし、一般的な原則やガイドラインに従うことによって、従来の方法に比べて著しく良好な成績が得られるようになったと、腫瘍外科の准教授で、肝臓手術における術後回復強化プログラムの共同責任者のThomas Aloia医師は話す。

術後回復強化プログラム(ESRP)の方法の組み入れ

婦人腫瘍科・生殖医学科教授で、MDアンダーソンの婦人腫瘍科ESRPの共同責任者であるPedro T. Ramirez医師によると、ほとんどすべての患者がこのプログラムの対象になるという。「婦人科領域における術後回復強化プログラムの成功のひとつは、婦人科の開腹手術を受けるすべての患者に術後回復強化プログラムの手法を実施することができたということです。12月には低侵襲婦人科手術でも同プログラムを開始するので、当科で手術を受けるほぼすべての患者に術後回復強化プログラムが実施されることになります」とRamirez医師は語る。

術後回復強化プログラムは、従来のやり方ではないというだけで困難を伴うこともある。アプローチの方法を変えるには、多岐にわたる分野の貢献と協力が必要であると、麻酔科・周術期科助教で、婦人腫瘍科ESRPの共同責任者であるJavier Lasala医師は言う。

Ramirez医師も同意する。「外科チーム全体が、術後回復強化プログラムが患者にとって原則的にいい方法であるとして意見が一致する必要があります。一連の過程は術後回復強化プログラムを組み入れる必要のあるタイミングがきわめて多いので、外科チームの統一が図れていないと、患者はその過程から転がり落ちてしまいます。外科医、麻酔チーム、看護チーム、その他、患者のケアに携わる人々は、同プログラムの方法を常に患者に実践することに集中して取り組む必要があります」。

Gottumukkala医師も同意見で、看護学、薬学、臨床栄養学、緩和・リハビリテーション・統合医学、症状研究といった各科の臨床家が術後回復強化プログラムに貢献していることを強調する。

MDアンダーソンが最初に手掛けた3つの分野の術後回復強化プログラム(肝臓、婦人科および膀胱の手術)の初期の結果では、機能回復の改善が示されるとともに、MDアンダーソン版症状評価票(患者の報告による症状の重症度の尺度)を用いて評価した症状の緩和が明らかになった。術後回復強化プログラムの開始以降、肝臓の開腹手術を受ける患者では入院日数の中央値が2日間短縮し、膀胱切除術を受ける患者の入院日数は3日間短縮した。加えて、オピオイド剤の総使用量が最大60%減少し、オピオイドによる有害作用および消化管の合併症は最大30%減少した。このような改善は、主に、麻酔の手法の変更と、患者中心の集学的な努力の結果であると泌尿器科助教Jay Shah医師および麻酔科・周術期科助教Juan Cata医師が言う。Shah、Cata両医師は、Optimized Surgical Journey(最適化された手術の旅)とも呼ばれる膀胱手術ESRPの共同責任者である。

術後回復強化プログラムの手法は、患者の長期的転帰に影響を及ぼす可能性がある。「このプログラムとこの方法を継続して実践することにより、患者を目的のがん治療に早期に復帰させ、それが最終的には腫瘍の転帰の改善につながることを目指しています」とGottumukkala医師は話す。

術後回復プログラム(ESRP)の洗練そして拡大

肝臓手術、婦人科手術、膀胱手術における術後回復強化プログラムの初期の成功に続き、MDアンダーソンでは胸部、大腸、脊髄手術を受けている患者を対象とした試験的なプログラムに着手している。また頭蓋内、頭頸部、再建手術を含むその他の治療にも使えるESRPの開発が現在進められている。

さらにMDアンダーソンの臨床医らは、どのESRP要素がどの患者に使われたのかを表わすデータを記録して、治療効果を改善する上で最も重要な要素を特定することを目指す。「われわれの計画は、高精度の臨床データを前向きに収集するシステムを開発することを目的としています。これらのデータには症状、複数時点での機能障害、術後の合併症、入院日数の長さ、再入院、ベースラインの機能状態に戻るために要した時間、計画した腫瘍学的治療に至るまでの時間などが含まれます」とMDアンダーソン・キャンサー・ケア・イノベーション研究所のプロジェクト・コンサルタントJohn Calhoun氏は語る。

Gottumukkala医師とそのチームは、彼らのデータは術後回復強化プログラムアプローチの価値をその他の医療提供者に知らせることにも役立つとの期待を語っている。
Ramirez医師は「増加するエビデンスは、患者に確かなベネフィットがあることを示しています。どの患者が術後回復強化プログラムを受けているかは一目瞭然です。彼らは痛み、めまい、吐き気が共に少なく、より早く食事をとれるようになり、日常生活にも早く戻れています。われわれはプログラムの成功とその患者さんへのインパクトを目の当たりにして、とても勇気づけられています」と語る。

【画像キャプション】
治療計画について検討するPedro Ramirez医師と患者。治療計画には、患者の症状を軽減し、入院期間を短縮するとともに、機能回復の改善を目的とした手法である術後回復強化プログラムの要素が含まれる。

For more information, contact John Calhoun at 713-745-3967, Dr. Vijaya Gottumukkala at 713-794-1398, or Dr. Pedro Ramirez at 713-745-5498.

プリハビリテーション
多くのがん患者は、切断術の前に数週から数カ月のネオアジュバント化学療法を行う。
医師らは、この術前に行われるエクササイズ・レジメン(プリハビリテーション)が患者の手術準備、術後の機能回復にも役立つことを見出した。
術後回復強化プログラムのアプローチのように、プリハビリテーションは機能回復と術後合併症の低減を目的としている。しかし、プリハビリテーションは術後回復強化プログラムよりもさらに早い段階で開始する。
緩和・リハビリ・統合医療部門のAn Ngo-Huang助教(整骨医学博士)は、「術前プリハビリテーションのゴールは、患者の機能状態の改善、術後合併症の低減、そして患者が追加的がん治療を受けられるようにすることです。状態が良好でない患者には受けられない治療がありますが、歩行可能で、持久力があり、手術から順調に回復している患者は、より積極的な治療を受けられる可能性があります」と語る。
Ngo-Huang医師は様々なタイプのがん患者に対してプリハビリテーションを指導している。脊髄腫瘍の患者は背中の筋肉やその他身体の中心の筋肉を集中的に鍛える。肺がん患者には肺機能と持久力の改善のため、集中的な理学療法や胸部理学療法が選択肢となる。乳がん患者では、リンパ浮腫または放射線線維症のように腕に影響を及ぼす合併症の発生を予測して腕と上部胴体を鍛える必要性が考えられる。
レジメンを計画する際には、患者個別の身体的限界も考慮に入れるべきである。「エクササイズを選択する際には、患者に筋肉の損失があるか、心肺機能が弱っているか、疲労、骨折リスク、出血リスクがあるかを検討します。また、この先の治療で起こりうる副作用についても考慮します」とNgo-Huang医師は語った。
また、同医師によると、現在参考にしうる限られたエビデンスからではあるが、プリハビリテーションには、患者の手術準備とより良い手術結果に寄与する生理学的改善を導く可能性がある。
For more information about prehabilitation for cancer patients, call Dr. An Ngo-Huang at 713-745-2327.

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翻訳担当者 中村 幸子、遠藤 豊子

監修 畑 啓昭(消化器外科/京都医療センター)

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