HPVワクチンの1回接種で発がん性感染症を予防できる可能性強まる
ケニアでの研究から得られた新たな結果から、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの1回接種は、発がん性HPV型による子宮頸部感染に対する若年女性での予防に極めて有効であることを示す科学的根拠がさらに追加された。
一部のHPVの型は、子宮頸がんのほとんどすべての症例を引き起こす。こうしたHPVの型を防御するワクチンは子宮頸がんだけでなく、HPVの長期持続感染によって生じる他のがんの発症リスクも大幅に減らすことができる。しかし、世界的に見ると、特に子宮頸がんの罹患率が高く医療資源が限られている国々では、HPVワクチンの接種率は低い。
「現在推奨されているHPVワクチンの2~3回接種ではなく、1回接種で済むなら、ワクチン接種の費用と物流管理を削減でき、世界中のより多くの少女がワクチン接種を受けられる可能性があります」とAimée Kreimer 博士(NCIがん疫学・遺伝学部門)は述べた。
この新しい知見はKEN SHE試験から得られたものである。KEN SHE試験は15~20歳の若年女性を対象として、HPVワクチン1回接種を受けた群と、髄膜炎ワクチン接種および18カ月後のHPVワクチン接種を受けた群の間でHPV感染率を比較するランダム化臨床試験である。
「KEN SHE試験は、HPVワクチン接種を世界中でより多くの少女が受けられるようにするための世界的な研究取り組みの一環です」とKreimer氏は述べた。Kreimer氏は、コスタリカ生物医学研究庁と共同でNCIがスポンサーを務める数件のコスタリカでのHPVワクチン臨床試験を主導している。
KEN SHE試験では、2種類のHPVワクチンのいずれかの1回接種により、子宮頸がん全体の約70%を引き起こす2種類のHPV型である16型および18型の新規持続感染に対して97.5%の予防効果を示したと、KEN SHE試験責任医師である Ruanne Barnabas医学博士(マサチューセッツ総合病院感染症科長)らは発表した。
KEN SHE試験の結果は NEJM Evidence誌4月11日号に発表された。
コスタリカHPVワクチン臨床試験の拡大追跡調査結果やインドでの最近の研究結果などの観察研究で示されていた結果と同様に、「KEN SHE試験の結果を受け、HPVワクチン接種を受けやすくするという重要な目標にまた一歩近づきました。さらに、他の研究からもデータが届いており、残りの道のりを歩んでいけると期待しています」とKreimer氏は述べた。
世界的に低いHPVワクチン接種率
子宮頸がんは、サブサハラ・アフリカ地域などの低・中所得国の女性におけるがん死の主要原因の一つである。全世界の子宮頸がんの新規患者(毎年約50万人)の大半がこうした国々の人々であり、子宮頸がんによる死亡のほぼ90%をも占めている。
「KEN SHE試験を実施するきっかけとなったのは、この臨床試験の共同責任医師であるNelly Mugo医師(公衆衛生学修士、ケニア医学研究所 Kenya Medical Research Institute:KEMRI)と私がナイロビ市内の病院にある子宮頸がん病棟を訪問したことです」とBarnabas氏は述べた。
「2006年以降HPVワクチン接種を実施しており、女性の子宮頸がん発症が予防できたはずです」とBarnabas氏は述べた。
HPVワクチン接種により、ほとんどの子宮頸がんの原因となるHPV型への感染を予防できる。HPVは性行為で感染するため、ワクチン接種プログラムは通常、女児と思春期女性への接種を目指している。
「しかし、2019年では、全世界の思春期女性のうちHPVワクチンの2回接種を受けた人は約15%に留まり、COVID-19流行時には13%にまで低下しました」とBarnabas氏(KEN SHE試験実施時、ワシントン大学に在籍)は述べた。
医療資源が乏しい国々の多くでは、HPVワクチン接種プログラムや子宮頸がんの定期検診を実施するための医療基盤が不十分である。また、米国などHPVワクチン接種が容易な多くの国々での接種率もまだ十分に高いとは言えない。
HPVワクチン1回接種による予防効果を調べる
ケニアの公衆衛生当局者らは、9~14歳の少女を対象としたHPVワクチン接種プログラムを全国的に計画していた。しかし、供給量が限られているため、10歳の女児にのみワクチンが提供されることとなった。「14歳までの少女はいずれ接種を受けられるかもしれませんが、ケニアでは15歳以上の少女にはHPVワクチン接種が実施されていません」とBarnabas氏は述べた。
「15歳を過ぎたばかりのこうした少女たちには、これから何十年も続く人生があります。そこで、HPVワクチンの1回接種でHPV感染リスクを減らせるかどうかを検証したいと考えました」と続けた。ワクチンの標的となる高リスクHPV型にまだ1種類も感染していない人なら、ワクチン接種の利益が最も高くなる。
KEN SHE試験は主にビル&メリンダ・ゲイツ財団から資金提供を受け、ケニア国内の3施設で15~20歳の若年女性2,275人が登録された。参加者は、性交渉歴があるが生涯のパートナーが5人以下であること、 HIV陰性であること、およびHPVワクチン接種歴がないことが条件とされた。参加者の60%強が、生涯の性的パートナーは1人だけであると回答した。
参加者を以下の3群のいずれかにランダムに割り付けた。
・第1群は、2価HPVワクチン(サーバリックス。16型および18型による感染を予防する)の1回投与を受けた。
・第2群は、9価HPVワクチン(ガーダシル9、日本ではシルガード9。16型、18型、および他の5種類の発がん性[高リスク]の型を予防)の1回投与を受けた。
・第3群は、髄膜炎菌性髄膜炎(10代と若年成人の細菌性髄膜炎の一般的な原因)ワクチン接種を受けた。
Barnabas氏らは当初、髄膜炎菌性髄膜炎ワクチン群(第3群)の参加者全員にHPVワクチンのいずれかを登録から3年後の試験終了時に接種する予定であった。
しかし、18カ月の追跡調査の結果、HPVワクチンの1回接種で予防できることが明らかになったため、試験終了を待たずに第3群若年女性にHPVワクチン接種を行ったとBarnabas氏は述べている。
両HPVワクチンとも感染リスクが激減
参加者は、登録時に子宮頸部のHPV感染検査を受けた。試験期間中、参加者は定期的にHPV検査とパップテストを受けた。また、家族計画、HIVなど性感染症の検査・治療を含む、性と生殖に関する公共医療サービスも提供された。
KEN SHE試験の主要評価項目は、18カ月後のワクチンの有効性、すなわち、ワクチンが標的とするHPV型への新規持続感染の発生率であった。試験開始後3カ月以内に、ワクチンの標的となるHPV型の1つ以上にまだ感染していない参加者が本解析の対象となった。
最初の3カ月間にこれらのHPV型のいずれかに感染した人は臨床試験の研究対象として残り、パップテストで異常が認められた女性は全員、感染が治まるか治療を受けるまでフォローされているとBarnabas氏は述べた。
登録から18カ月後、髄膜炎菌性髄膜炎ワクチン接種女性(対照群=第3群)473人中36人(7.6%)で子宮頸部にHPV16型または18型の新規持続感染が認められた。一方、HPV ワクチン2種類のうち1種類の接種を受けた女性では985人中わずか2人(0.2%)であった。HPV16型または18型に対する両ワクチンの有効性は97.5%であった。
KEN SHE試験チームはHPV感染予防効果の持続期間を確認するため、参加者全員を合計3年間追跡調査中である。
1回接種のデータはこれから
KEN SHE試験や、若年女性を対象とした他のランダム化臨床試験から得られる長期データは今後数年のうちに入手可能となり、HPVワクチンの1回接種の持続性に関する疑問への回答や、1回接種と2回接種の比較に関しての解明を目標とすることになるとKreimer氏は述べている。
HPVワクチンの1回接種が2~3回接種と同等の効果があるという現在の科学的根拠は、1回接種の効果を調査するために特に策定されたわけではないが一部の参加者が最終的に1回だけ接種を受けた過去の研究に由来するものである。
1回接種が2回接種と同様に有効かどうかを検証する臨床試験の一つが、NCIがスポンサーとなったコスタリカでのESCUDDO試験(Kreimer氏が主導)である。ESCUDDO試験の結果は2025年に出る見込みであるとKreimer氏は述べる。
もう一つの重要な臨床試験であるDoRIS試験がタンザニアで実施中であると言う。DoRIS試験は免疫応答を調べ、若年女性における2価および9価HPVワクチンの1~3回接種の効果を確認するものである。DoRIS試験では、タンザニアの若年女性の免疫応答を、KEN SHE試験、コスタリカでの臨床試験、およびインドでの臨床試験の参加者の免疫応答と比較することで、ワクチン接種がもたらす予防効果を間接的に評価することになると解説した。本年中に結果が出る予定である。
一方、4月11日、世界保健機関(WHO)の諮問機関は、KEN SHE試験の結果やその他の新規の科学的根拠に基づいて、HPVワクチン接種スケジュールを更新し、9~20歳の女児・若年女性の大半に対して1~2回接種を行うという暫定勧告を発表した。最終勧告は6月に出る予定である。
WHOは2030年までに、全世界の女児の90%に対する15歳までのHPVワクチン接種を目標としている。
また、2月、英国の予防接種諮問委員会は14歳までの思春期少女を対象とした英国の定期接種プログラムにおいて、HPVワクチン接種スケジュールを2回から1回に変更する中間勧告を発表した。
KEN SHE試験関係者が共有する課題
KEN SHE試験は、ケニア保健省、KEMRI、およびその他の臨床試験パートナーとの緊密な協力のもとに策定されたとBarnabas氏は述べる。また、外部団体であるマックマスター大学倫理・政策刷新研究所が正式な倫理審査を実施した。
KEN SHE試験の関係者全員には「同じ課題があり、それは世界中でのHPVワクチン接種の拡大普及という成果を伴います。これはHPVワクチン接種に依然として格差がある、ここ米国でも同様ですが、効果の高いHPVワクチンを1回接種するだけで、ケニアで認められた効果と同様のものが得られるかもしれません」とBarnabas氏は述べた。
Barnabas氏は次のように述べる。HPVワクチン全員接種プログラムによって発がん性HPV型感染が激減したオーストラリアでは「2025年までには子宮頸がんを撲滅できるでしょう。一方、子宮頸がん罹患の90%は低・中所得国で占められています。この格差は本当に顕著ですが、このような状況であってよい理由などありません」。
(*サイト内関連記事:世界保健機関(WHO)ロイター https://www.cancerit.jp/josei-gann/sikyuugann/post-71915.html)
日本語記事監修 :太田真弓(精神科・児童精神科/クリニックおおた 院長)
翻訳担当者 渡邊 岳
原文掲載日
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