ストレスとがん再発の関連性

多くのがんサバイバーが最も恐れるのは、がんの再発である。治療が成功したようであっても、何年も経ってからがんが再び増殖し始めることがある。それがどのようにして起こるのかは研究者にもわからない。

ある新しい研究から、治療後に体内に残っている休眠状態のがん細胞をストレスホルモンが目覚めさせるのではないかと示唆されている。マウスを使った実験では、ストレスホルモンが免疫細胞の連鎖反応を引き起こし、それによって休眠状態のがん細胞が刺激されて再び腫瘍の形成が促された。

しかし、ストレスを感じているからといって、がんが再発するという意味ではない。少なくともマウスを使った研究によれば、いくつかの中間的な段階が必要である、と本研究の主任研究者Michela Perego博士(ウィスター研究所がんセンター)は言う。

「休眠細胞を目覚めさせるにはさまざまな方法があるかもしれません。われわれが示したのはひとつの機序であって、これだけではないと確信しています」と同氏は付け加えた。今回の研究結果は、Science Translational Medicine誌12月2日号に発表された。

多くの研究がマウスを対象にストレスによってがんが増殖して広がることを示しているものの、ヒトを対象にしてストレスとがんの転帰(再発、進行、死亡など)との間に明確な関連性を示した研究はない。ただし、ストレスの定義や測定の難しさをはじめ複数の理由から、ストレスを研究するのは容易ではないのである。

とはいえ、特に新しい治療法を見つけ出す分野では、今回の新たな研究結果は広範囲にわたる多くの影響をもたらす可能性があると、NCIがん生物学部門のJeffrey Hildesheim博士(研究には不参加)は述べている。

「この研究は、がん治療の効果や休眠状態の腫瘍細胞に対するストレスの影響について、他の数多くの研究の方向性を切り開く入り口のようなものです」とHildesheim氏は語った。また、神経や神経系が腫瘍の増殖に及ぼす影響についての研究にも口火を切る可能性がある、と同氏は言う。

免疫細胞が休眠がん細胞を目覚めさせる

がん治療のなかには、生き残ったがん細胞を冬眠状態に追い込むものがある。そのような休眠細胞は、増殖を停止するか、きわめてゆっくり増殖する。休眠細胞は数が非常に少ないため、標準的な検査では見つけることができないとPerego氏は説明した。また、休眠細胞が再び増殖を始めない限り、通常は何の問題もない。

「何が引き金になって再発するのか正確にはわかりません。なぜその時なのか」と同氏は言う。

Perego氏は、特定の免疫細胞がどのようにしてがんの増殖と転移を促すのかを研究している。そこで、休眠状態のがん細胞を、免疫細胞が目覚めさせるのではないかと考えた。

それを確かめるために、同氏のチームは、肺がん細胞を遺伝子操作することによって、またはよく用いられる化学療法薬で肺がん、卵巣がん、乳がんの細胞に治療を施し、実験室で休眠がん細胞を作成した。いずれの種類の休眠がん細胞も生き残ったものの、増殖はしなかった。

実験室のシャーレの中では、休眠細胞を2種類の免疫細胞、B細胞またはT細胞と混合しても増殖しなかったが、いわゆる「親腫瘍性」好中球と混合すると再び増殖し始めた。

白血球の一種である好中球は、感染症に対する身体防御の最前線にある。ところが、腫瘍は好中球を悪役に変えて、腫瘍の増殖と広がりを助けるように好中球をだますことができる。

前述の研究者らが免疫系がないマウスに休眠状態の肺がん細胞を移植しても、その細胞は腫瘍を形成しなかった。しかし、休眠がん細胞を親腫瘍性好中球と一緒に移植したところ、ほとんどのマウスに肺がんが発症した。

ストレスホルモンが好中球を変える

この結果により、Perego氏と同僚の研究者らは重要な問題に直面した。患者の体内に腫瘍が残っていない場合、何が好中球を変異させるのか。慢性的なストレスががんの進行に関連することを示した研究があったことから、研究者らは好中球に対するストレスの影響を検討した。

その結果、アドレナリンやノルエピネフリンのようなストレスホルモンは、好中球と休眠状態のがん細胞が関与する連鎖反応を引き起こすことがわかった。実験室のシャーレの中で、ストレスホルモンは好中球にS100A8/A9として知られる二量体タンパク質を吐き出させた。このタンパク質が好中球に特定の脂質を生成させることによって、休眠状態にある肺がん細胞を目覚めさせた。

ノルエピネフリンと好中球の混合物も化学療法で休眠状態になったヒトのがん細胞を目覚めさせた。

何が起こっているかというと「一種のカスケード(連鎖反応)」であるとPerego氏は言う。「このカスケードの構成要素1つだけでは機能しません。好中球だけ、S100A8/A9だけ、そしてストレスホルモンだけでは、休眠細胞を目覚めさせることはできません。でも、それが連鎖的に発生すれば・・・休眠細胞を再び目覚めさせることになります」と説明した。

ストレスを受けたマウスのがん再発を防ぐ

次に、1日に数時間閉じ込められてストレスを受けたマウスでも、同じカスケードが起きるかどうかを検討した。

その結果、ストレスを受けたマウスは、ストレスを受けていないマウスよりも、肺および脾臓の好中球数が多いことがわかった。ストレスを受けたマウスでは、血中のS100タンパク質の量も多かった。休眠状態にある肺がん細胞は、ストレスを受けたマウスでは腫瘍を形成したが、ストレスを受けていないマウスでは腫瘍を形成しなかった。

しかし、ストレスを受けたマウスに、ストレスホルモンを遮断する血圧の薬であるβ遮断薬を投与したところ、休眠がん細胞は腫瘍を形成できなかった。研究者らが、S100タンパク質の活性を阻害する薬で、前立腺がん患者を対象に検証されたタスキニモドをマウスに投与したところ、同じような効果が認められた。

研究チームは、肺腫瘍の摘出術を受けた患者80人の血液検体も調べた。そのうち17人に、術後3年以内にがんが再発した。残りの患者では、がんが3年以降に再発したか、まったく再発しなかった。

血中のS100タンパク質またはノルエピネフリンの検査値が高い患者のほうが、検査値が低い患者よりも、早期に再発する可能性が高かった。同様に、2019年のある研究では、悪性黒色腫(メラノーマ)の腫瘍に存在するS100タンパク質の量が、がんの転移や患者の余命と関連していた。しかし、複数の研究を対象とした最近の分析では、β遮断薬の使用はがん患者の延命とは関連性がないことが明らかになった。

研究の「水門」を開ける

ストレスとがんとの間に関連性があるのではないかと、研究者らは以前から感じていた。ただ、「その関連性の背後にある機序は依然としてつかみどころがない」とHildesheim氏は述べている。一部ではあっても今回の研究は、その関連性の根底にあると思われるさまざま要素を特定したことによって「重要な貢献を果たす」ものであると指摘した。

さらに同じ機序が、他の形でがんの増殖や治療抵抗性に寄与している可能性がある、とHildesheim氏は言う。「神経系はさまざまな角度から(がん)に影響を与えている可能性があります」と付け加えた。

たとえば、2019年のある研究では、ストレスホルモンが腫瘍内の親腫瘍性免疫細胞数を増加させる可能性があることがわかった。それはストレスが休眠状態の腫瘍細胞を目覚めさせるだけでなく、腫瘍細胞が増殖するのに適した環境を提供することを意味する可能性がある、とHildesheim氏は説明した。

「両方の意味で最悪の状態です」と言う。

しかしHildesheim氏は、Perego氏と同様に、治療法を組み合わせることによって対処できると考えている。現在行われているのは、老化細胞と呼ばれる一種の休眠細胞の活性を阻害するか死滅させる薬剤の開発である。老化細胞と休眠細胞を標的とする方法を見つけること、この2つが最近NCIが組んだCancer Research UKとのパートナーシップの焦点となっている。

化学療法、放射線療法および標的療法はいずれも、がん細胞を老化細胞に変える可能性がある。このような従来の治療法と組み合わせれば、老化細胞を標的とする薬剤によって、がんの再発を防ぐことができる可能性があるとHildesheim氏は語った。

翻訳担当者 ギボンズ京子

監修 太田真弓(精神科・児童精神科/クリニックおおた 院長)

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