CAR-T細胞療法の臨床試験増加を目指すNCIの取り組み
2010年、米国国立がん研究所(NCI)の研究チームはCAR-T細胞療法と呼ばれる新しい形態のがん治療で初の研究を発表し、進行したリンパ腫の患者で治療後にがんが「劇的に退縮した」一例について詳細に報告した。翌年には、ペンシルべニア大学の研究者らがCAR-T細胞療法を用いて進行した白血病の患者を治療し、同様の結果を報告した。
それから7年以内に、食品医薬品局(FDA)が最初の2つのCAR-T細胞療法を承認し、今年中に3つ目の承認が見込まれる中、世界中の研究グループが急速に新しいCAR-T細胞療法の開発を進めている。
このがん治療法は、他に類を見ないほど世間の注目を集め、研究者の興味をかきたてている。その理由の一つには、進行した血液がんでがんを排除する驚くべき方法であったことが挙げられ、もう一つには、その治療が患者自身の血液を使用していることが挙げられる。血液の成分を治療に使用するのである。
血液成分を最終的に患者に戻して治療に用いるには、非常に複雑な製造工程を要する。この点でも、CAR-T細胞療法は他のほとんどのがん治療とは一線を画している、NCIのがん治療・診断部門のプロジェクト担当者であるAnthony Welch医学博士は説明する。
「CAR-T細胞は、その製造工程こそが製品なのです」Welch氏は言う。この工程は、高価で複雑であり、規制も厳しい。
こういった事情により、在庫を管理できる既製の薬剤を用いた臨床試験と比較して、個別化されたCAR-T細胞療法のヒト臨床試験の実施は難しい。CAR-T細胞を製造できる研究室やセンターはほとんどなく、そのため、広範な試験の実施には制限がかかっている。
この課題に対処するために、NCIのがん治療・診断部門とNCIのリーダーたちは1年以上前に、がん治療のためにCAR-T細胞のような治療用細胞を製造できる能力を開発するよう、フレデリック国立がん研究所の専門家に求めた。具体的には、多施設共同試験でこれらの治療法を試験するための能力整備の迅速化を目標とした。
この取り組みの支援を受ける最初の臨床試験は、進行した急性骨髄性白血病(AML)の小児および若年成人を対象に、白血病細胞表面のCD33とよばれるタンパク質を標的としてデザインされたCAR-T細胞療法では初の試験である。最終的には、メリーランド州ベセスダのNIHクリニカルセンターとフィラデルフィア小児病院を皮切りに、6施設で患者を登録する予定だ。
最初の試験を多施設で実施することは、医師と患者双方にとって良いことであると、共同治験責任医師であるフィラデルフィア小児病院のRichard Aplenc医師は1月に最初の患者を登録した際に述べた。
「この治験薬へのアクセスは確実に広がるでしょう」Aplenc氏は続けた。「米国内の両海岸と中央部に試験施設があります」。
そして、固形がんを含む他のがんの選択肢としてCAR-T細胞療法の拡大が期待されているため、成功への障壁を下げることが重要であるとWelch氏は述べる。
「それこそが、われわれが支援しようとしている考え方です」Welch氏は述べる。「この治療法をより多くの早期臨床試験に導入する支援をすることで、革新的な構想や考えを開発するリスクを低減しているのです」。
採血から遺伝子改変細胞による治療へ
治療用CAR-T細胞の製造を簡単にまとめると、以下である。
まず、患者自身の血液を採取し、そこから白血球を分離して残りの赤血球と血漿を患者に戻す。この工程は、白血球アフェレーシス(白血球分離)として知られる。
白血球を収集した後、様々な方法を用いて、特定のT細胞を他の白血球から分離する。そして、複製能を持たないウイルスベクターを用いてT細胞に遺伝子を導入し、キメラ抗原受容体(CAR)をT細胞表面に、共刺激性分子を細胞内に産生させる。(この共刺激分子は、患者の体内に戻された後、T細胞の活性を維持するシグナルを伝達し、CAR-T細胞の生存と増殖を促進する。)
次に、この少量のCAR-T細胞を数百万個になるまで増殖させる。この工程を慎重に管理し、適切な「用量」までT細胞を確実に増殖させる。
製造工程の最終段階では、CAR-T細胞の純度と品質を担保するために、いくつかの重要な維持管理が必要であり、ここで患者に再注入する準備が整う。
現在のところ、CAR-T細胞を製造できるのはごく一部の研究室のみであると、CD33に対するCAR-T細胞試験の共同治験責任医師であるNCIがん研究センターのNirali Shah医師は言う。
「どこの研究室でもCAR-T細胞が製造できて、患者に投与できるわけではないのです」メリーランド州ベセスダのNIHクリニカルセンターで血液がんの小児を対象としたCAR-T細胞療法の臨床試験をいくつか主導してきたShah氏は言う。「CAR-T細胞をうまく製造するためには、設備とサポート、知識が必要です」。
メリーランド州フレデリック国立がん研究所のバイオ医薬品開発プログラムには、生物学的製剤を製造できる既存の施設があることから、NCIにはCAR-T細胞研究を加速させるための重要なニーズを満たす支援の機会があったとWelch氏は言う。
「バイオ医薬品開発プログラムには、初期試験をサポートできるウイルス、抗体、タンパク質、ワクチンなどの製造経験があります」Welch氏は付け加えた。「同プログラムには、高品質の製造工程経験があるのです」。
ただし、このプログラムになかったのが、CAR-T細胞の製造経験であった。
迅速な対応に重要な共同作業
製造への取り組みを後押しするNCIの統率力が約束され、次のステップは支援すべき最初の試験を決め、製造工程を確立することであった。
NCIにCAR-T細胞療法の開発と試験に携わる国内有数の専門家がいたことが、最初のステップの救いだった。NCI小児腫瘍部門のShah医師のチームは、すでにCD33 CAR-T細胞に取り組んでおり、AMLの小児を対象とした臨床試験に向けて動き出していた。このCD33に特異的なCARは、元小児腫瘍部門で現在コロラド大学医学部に在籍するTerry Fry医師によって最初に開発された。
「以前は多施設試験を計画できるような設備がなかったため、CD33のコンセプトが最初に開発されたときには、単施設での第1相試験になるだろうと誰もが考えていました」Shah氏は言う。
しかし、Shah氏やAplenc氏のような研究者のコミュニティは、血液がんの小児むけの幹細胞移植を含む治療法の開発と試験に重点を置いており、非常に協力的だとShah氏は言う。そして、NCIの製造への取り組みが稼働したことで、「多施設共同試験を検討する仕組みができました」と付け加えた。
この研究コミュニティには、この試験の主要スポンサーとして参加した国際血液・骨髄移植研究センターや、試験の全体的な実施(例えば、細胞出荷の監視と調整、患者の安全性モニタリング)を管理する米国骨髄ドナープログラムが含まれる。
次に、製造工程を確定することである。細菌やタンパク質などの生物由来原材料から研究用の医薬品や治療剤を製造するバイオ医薬品開発プログラムが既に製造所として決定していた。
NCIチームは、NIHに製造の専門知識を求めた。相談した専門家は、NIH内での臨床試験用にCAR-T細胞などの細胞療法の開発と製造に豊富な経験を有するNIH細胞工学センターのDavid Stroncek医師やSteve Highfill医学博士である。
「彼らの専門知識と経験は大変貴重でした」Welch氏は言う。
この指導とフィードバックを受けて、NCIチームは比較的新しい市販のシステムを使用してCAR-T細胞を製造することを決めた。
Prodigyと呼ばれるこのシステムは「閉鎖系」であり、患者から採取した細胞をシステムに入れれば、あとはシステムで処理され、2週間以内に完成したCAR-T細胞製品が出来上がるとがん治療・診断部門のJason Yovandich医学博士は説明する。
この時点では、ほとんどの研究室やFDA承認を取得した2つのCAR-T細胞療法を製造する企業では、最終製品を製造するために多くの手動操作を必要とする「開放系」を使用していた。閉鎖系では、「投入する患者の細胞のみを考慮すればいいのです」Yovandich氏は言う。
現在、NCIはProdigyシステムを2台保有し、3台目の追加を計画している。展開次第では、さらに多くのシステムが追加される可能性があるという。
別のモデル
これまでに数多くのCAR-T細胞療法の臨床試験がフィラデルフィア小児病院で行われてきた。Aplenc氏によると、自家で治療用の細胞を製造していない場合には、治験の進め方に違いがあるのは意外ではない。しかし、多施設共同試験では、製造所が1箇所であることが理想的である。
「NCIが細胞製造を行っていなかったら、この「多施設共同試験」の実施は非常に困難だったでしょう」と、Aplenc氏は言う。
Aplenc氏は、CD33 CAR-T細胞を一箇所で製造できるため、問題が生じないと考えている。CAR-T細胞療法を一つの施設で自家調製する場合であっても、常に物流に対応しなければならない。例えば、製造時間は「その施設での処理を並んで待たなければならず、患者数や製造処理能力に左右されかねないのです」と言う。
また、CAR-T細胞の製造で自動化が進み、この治療法を研究する研究室が増えたとしても、新しい治療法のヒト臨床試験では集中的なアプローチが重要な役割を果たすとShah氏は指摘する。「このようなモデルは非常に有望だと思います」 Shah氏は言う。
Welch氏は、この製造方法についてはまだ初期の段階であり、それがどのように進むかを見るには時間がかかることを強調した。「私たちはまだ小さな一歩を踏み出したところです」。
それでも、ここまで来るには多くの苦労と協力を要した。「この仕事をまとめるには、苦労と協力が必要なのです」 Welch氏は言う。この共同作業は、「私たちの進歩にとってとても大きく、重要なものでした」。
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