開発中のMetarrestinは転移腫瘍を標的とする
がんによる死亡の多くは原発腫瘍ではなく、体の他の部位に拡散、すなわち転移した腫瘍による生理的被害による。
しかし、試験薬によりこの重大な問題に対処する方法が得られる可能性のあることが、主にがんのマウスモデルで実施した新しい試験で示唆されている。他の治療法で不可能なこと、つまり転移腫瘍の選択的攻撃が試験薬で可能になることが本試験で明らかになった。
他の臓器に転移した膵臓がんのマウスにmetarrestinという試験薬で治療を行ったところ、転移腫瘍が縮小し、マウスの寿命が大幅に延長した。研究者たちが調べた方法では転移腫瘍が発生した臓器やマウスに危害は認められず、試験薬は概して安全と考えられる。
Metarrestinはまた、乳がんおよび前立腺がんのモデルにおいても転移腫瘍が縮小したと研究者たちは5月16日付Translational Medicine誌に発表した。
本試験薬は、核内の傍核小体コンパートメント(PNC)と呼ばれる構造体を形成する細胞を死滅させることにより機能すると考えられている。これらの構造体はほぼがん細胞のみ、特に転移腫瘍のがん細胞に形成され、正常細胞には形成されないとノースウェスタン大学のファインバーグメディカルスクールのSui Huang医学博士は説明した。Sui Huang博士は25年近く前にPNCとがんを関連づけた初めての人物である。
手がかりはいくつかあるが、PNCががん細胞内で何をし、metarrestinが一体どのように作用するのかについて疑問が残っていると本試験の責任医師の一人であるNCIがん研究センター(Center for Cancer Research)のUdo Rudloff医師は強調した。
本試験でmetarrestinが示す有効性と安全性は「エキサイティングな」ものであり、本試験薬を臨床試験へと展開する取り組みがすでに進行中であるとRudloff医師は続けた。
転移のマーカーを標的
がんの転移が発生し、進行する仕組みは不明な点が多く、特に転移腫瘍を標的にする治療の開発にほとんど進展が見られないとHuang博士は語った。
進展を阻む主な障壁は、遺伝子変化および非遺伝的変化の多いがん細胞を多く含む転移腫瘍が途方もなく複雑なことにあるとHuang博士は続けた。しかし、転移がん細胞は独特な特徴を持っており、原発腫瘍内の正常細胞やその他がん細胞と区別できるとHuang博士は付け加えた。
その独特な特徴のひとつがPNCである。PNCは転移がん細胞に遍在することに加えて、数種類のがんにおける生存率の低さにも関連している。
総合すると、PNCの形成は「転移がんの複雑な変化を反映」していることが、入手可能なPNCのデータにより示唆されているとHuang博士は説明した。
がん細胞に頻繁に見られる単一の遺伝子変化を特定し、遺伝子変化を標的にする治療法を開発しようと試みる試験は多い。新たに実施された本試験の「基本的な考え」は、PNCをがん細胞の転移挙動のマーカーとして利用し、マーカーを阻害する化合物により転移のプロセスが阻止できるかどうかを試験することであった。
長期にわたる共同した取り組み
Metarrestinの特定は10年近く前に開始され、ノースウェスタン大学のHuang博士の研究室とカンザス大学とNIHの研究者との共同研究であった。
PNC含有細胞の多い前立腺がん細胞株にある合計約14万個の化合物を体系的に試験するための「スクリーン」を開発したNIHの国立トランスレーショナル科学進展センター(NCATS:National Center for Advancing Translational Sciences)の研究者たちにより最初の研究が実施された。このような集中的なプロセスにより、細胞内のPNC率を減少させるのに非常に有効で、転移を阻止する潜在的治療法としての良好な特性を持つ化合物を研究者たちは発見した。
次に、カンザス大学と本試験の共同試験責任医師のJuan Marugan博士が率いるNCATSの化学ゲノムセンター(Chemical Genomics Center)がこの化合物について、約150個の誘導体を合成し、最も効力があり、ヒトの体内で薬剤が機能するために必要なその他の特性を持った誘導体を一つ特定した。
最後に最適化された化合物はmetarrestinと名付けられた。試験薬が効果的にPNC率を減少させ、がん細胞を死滅させることががん細胞株での実験で確認された後、研究者たちはマウスモデルへの試験へと展開した。
Rudloff医師とNCIの研究者が率いた研究で、本薬剤は、がんのヒトでの挙動と非常に類似し、転移腫瘍内のPNC率が高いと研究者が確認した膵臓がんのマウスモデルで初めて試験が実施された。
metarrestin治療によりマウスの転移腫瘍内のPNC率が劇的に減少し、マウスの寿命はこれまでの2倍以上となった。治療を受けなかったマウスでは肝臓や肺に腫瘍が多かった一方、metarrestin治療を受けたマウスではこれらの臓器に全く転移が認められず、完全に正常に見えた。加えて、本治療による副作用は認められなかった。
原発腫瘍にPNCが検出される場合があっても、metarrestinは転移腫瘍におおむね効果があるように思われる。
「膵臓がんの原発腫瘍の増殖において、治療を受けた動物と受けていない動物の間に有意差は見られなかった」と研究者たちは記述し、「生存率が上昇するのは転移に関連した死亡が抑制されるからであることがこれらの試験結果により示唆されている。」
PNCの機能とmetarrestinの仕組み
PNCは通常、リボソームを形成する核小体とよばれる核内の構造体の周辺に形成される。リボソームは、タンパク質を形成または合成し、細胞内へと送り出す、細胞が基本的な機能を実行するために必要なタンパク質工場である。
PNCはリボソームを形成する分子機構を調整する役割を果たす可能性があるとRudloff医師は語った。転移がん細胞内ではリボソームの働きが多く、細胞が生存し増殖するのに必要なタンパク質を多数生成する。
このプロセスを妨害することによりmetarrestinが機能する可能性のあることが、がん細胞株を用いた追加の実験結果で示唆されている。metarrestin治療により核小体が「崩壊」するに至ったことがこのような実験で明らかになった。
追加の実験結果により、リボソームの形成に関連するeEF1A2というタンパク質が確認された。研究者たちががん細胞内のeEF1A2を実験的に阻止した際、eEF1A2はmetarrestinで治療したがん細胞で見られた動きをほぼ再現した。
このような研究結果があっても、がん細胞内でPNCが何をするのかは依然確認されていないとHuang博士は警告した。「正常細胞からがん細胞への変化が複雑で何段階にもおよぶことを明確に現わしている」とHuang博士は語った。
ヒトへの試験は計画中
「metarrestinは私たちが引き続き検討すべき、転移に対する非常に有望な薬剤であることを私たちの研究結果は示している」とMarugan医師は語った。
実際、NCATSのBridging Interventional Development Gaps(介入開発のギャップを埋める)プログラムの協力を得て、Rudloff医師はmetarrestinをヒトへの試験に展開するためNCATSの研究者と協働している。
研究者たちは錠剤タイプのmetarrestinを開発しており、その検査データを収集している。臨床試験で本薬剤の試験を開始するため食品医薬品局へ新薬研究の申請書を提出する必要がある。
すべてが計画通り進めば、今年の秋または2019年の前半に申請書が提出されるはずであるとRudloff医師は語った。ヒトへの臨床試験は提出後まもなくNIHの臨床センターで開始され、最初にあらゆる種類の転移固形がん患者に、その後膵臓がんに焦点を合わせて実施されるであろうとRudloff医師は説明した。
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