臨床的判断におけるがん観察研究の役割強化をASCOが勧告

米国臨床腫瘍学会(ASCO)は、臨床的判断におけるがん観察研究の役割を強化する一連の勧告を発表した。Journal of Clinical OncologyJCO)誌に掲載されたASCOのリサーチ・ステートメントでは、観察研究の活用機会を拡大することによりがん研究を推進し、がんの臨床試験で得た知識を補完することが述べられている。

患者を無作為に試験群または対照群に割り付け、それら2群の結果を比較することが多い前向き臨床試験とは異なり、がんの観察研究では患者背景、臨床徴候、ライフスタイルの選択といった臨床的特徴や受けた治療および転帰との関連が検証される。前向き臨床試験が新たな診療行為を確立するための基準であることに変わりはないが、観察研究により、臨床試験の対象外になるような患者や臨床試験への参加を希望しない患者なども含む実臨床に即したがん治療におけるパターンを見出すことができる。

ASCOによると観察研究にはいくつかの強みがあり、前向き臨床試験を補完する役割を果たすことができる。また、観察研究はランダム化比較試験(RCT)によって検証すべき仮説を立てる場合にも役立つ。さらに、観察研究は日常の臨床診療の把握および反映に優れていることが多い。がん臨床試験に参加するのは、がん患者のわずか3~5%であり、適格基準を満たす患者が多くのがん患者を代表しているとはいえない。

「観察研究は、がん治療において現時点でわかっていない部分を補うのに役立ちます」と述べたのは、ASCO会長で米国内科学会名誉上級会員(FACP)、米国臨床腫瘍学会フェロー(FASCO)のDaniel F. Hayes医師である。「実臨床における患者データを調査、分析することにより、研究者は日々の診療で遭遇するような、臨床試験の参加者よりも高齢で健康状態のよくない傾向にあるがん患者をよりよく反映した貴重な洞察を提供できます」。

声明では、観察研究の限界についてもいくつか論じている。たとえば、観察研究はRCTよりもバイアスのリスクが高い。バイアスは、特に、比較する患者の選択、治療遵守の相違、特定の参加者の研究からの脱落において起こる可能性がある。さらに、観察研究の信頼性は、実際の患者情報を収集、集約するデータベースから得られる利用可能なデータの品質および精度に依存する。臨床診療に効果的に情報提供するためには、観察研究は高品質なものでなくてはならないとASCOは指摘する。

ASCOによると、最近の科学技術の進歩と公共政策の策定により、がん分野で観察研究の役割を拡大する道が開かれた。ASCOCancerLinQなどの新たな学習医療システムは、患者データを集約、分析することでがん治療を改善し、臨床判断を支援しようとするものであるが、このような電子健康情報のデータベースが増加している。

「電子カルテ(EHR)の普及と医療におけるビッグデータの利用増加に伴い、がん研究では観察研究を実施し、実際のデータから学ぶまたとない機会が到来しています」、とASCOリサーチ・ステートメントの筆頭著者でジョンズ・ホプキンス大学シドニー・キンメル総合がんセンター腫瘍学教授兼、ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生学校疫学教授のKala Visvanathan医師、健康科学修士(MHS)は話す。「ASCOは、データの品質と応用に関する現在の問題に対処可能で、かつ観察研究が臨床診療での判断に十分効果的に情報提供し得るだけの安定性を有していることを保証する具体的な手順を明らかにしました」。

勧告

ASCOは臨床的判断における観察研究の役割を向上させる5つの勧告について説明する。

1.電子カルテ(EHR)のデータの品質を向上させる。 EHRデータにおける広範囲なばらつき、電子患者記録のデータ入力者に対する不十分な訓練要件が、データセットの集約および分析とEHR記録の正確さの確保を困難にしている。高品質の観察研究を可能にするためには、より標準化、構造化されたデータを確立すること、EHRデータ入力における適切な訓練を実施することが必要である。

2.電子健康情報の相互運用とやり取りを改善する。大部分のがん患者は複数の臨床医や専門医の治療を受けているため、患者記録はしばしば異なるプロバイダーシステムに孤立し、結果として不完全または断片化したデータになっている。患者のあらゆる病歴を理解し、有意義で正確な研究結論を導くためには、複数の情報源のデータを組み合わせることが重要である。観察研究においてビッグデータと学習医療システムを十分に活用するには、システムを越えて電子健康情報を共有できるように改善する必要がある。

3.厳格な観察研究方法論の遵守を確保する。 多くの組織が観察研究の方法論に関するガイドラインを開発しているが、ガイドライン間に広範なばらつきが存在する。観察研究のベストプラクティス(最良の実践法)に関する標準的枠組みを開発し、この種の研究の実施に関する統一したガイドラインを提供する必要がある。改善された訓練についても、標準的枠組みと方法論のガイドラインに従って実践することが奨励されるべきである。

4.透明性の高い観察研究の報告を促進する。公表されている観察研究は、一般に研究に関する重要な情報を欠いていることが多い。一般化可能性とバイアスに関する透明性が確保された優れた報告により、臨床的判断における観察研究の適用性が判断しやすくなり、研究結果の誤解または誤用の可能性が減少する。

5.患者のプライバシーを保護する。医療保険の携行性と責任に関する法律(HIPPA)に基づく現行のプライバシー保護規制は、ビッグデータの研究利用の増加を含む研究デザインまたは方法論の進歩に対応していない。研究を妨げ、患者のプライバシーを十分に保護していないことが証明されている現行の規制を改正するため、既存の規制制度を改善する必要がある。

翻訳担当者 工藤 章子

監修 大野 智(補完代替医療/大阪大学・帝京大学)

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