がんに対する標的療法・近赤外線免疫療法の進展

米国国立がん研究所(NCI)ブログ~がん研究の動向~ 

新たながん免疫療法が有望であることを示唆するエビデンスが、米国国立がん研究所(NCI)が今回実施した2つの研究により、新たに加えられた。この光免疫療法では近赤外線を用いることで、がん細胞を急速かつ選択的に死滅させる。

うち一つの研究が、先週ニューオーリンズで開催された米国がん学会(AACR)の年次総会で発表された。この研究で実施されたマウスの試験では、近赤外線免疫療法(NIR-PIT)と呼ばれる治療法により、抗腫瘍免疫反応を抑制するある種の免疫細胞を腫瘍微小環境から除去することで、免疫の抗腫瘍作用が速やかに発揮されることが示された。

もう一つの研究は、3月10日付Oncotarget誌に発表された。この研究における試験では、NIR-PITが、メソテリンを発現している培養がん細胞(腫瘍)およびマウスのがん細胞(腫瘍)を特異的に攻撃することが示された。メソテリンは、中皮腫、膵臓がん、卵巣がんなど悪性度の高いヒトのがんにおいて、がん細胞の表面に多く発現するタンパク質である。

すでに、NIR-PITの初期臨床試験が上皮成長因子受容体(EGFR)1の過剰発現がみとめられる再発性頭頸部がんの患者を対象に開始されている。

NIR-PITの作用機序

これらの試験は、NIR-PIT approachを開発したNCIがん研究センター(Center for Cancer Research:CCR)の小林久隆医学博士の指揮のもとで実施された。NIR-PITでは、特定の波長の光を吸収する分子である「光吸収体」と化学的に結合させた特別な抗体が用いられる。この光吸収体はIR700と呼ばれ、近赤外線を吸収する。この抗体‐光吸収体(IR700)接合体は、標的分子に結合しているときのみ近赤外線によって活性化されるよう、小林博士により設計されている。近赤外線が用いられるのは、生体組織に損傷を与えることなく、その内部に到達することが可能なためである。

「抗体‐光吸収体接合体は、マウスあるいはヒトに注入されると、この抗体の標的を過剰発現しているがん細胞に結合します。そこに近赤外線を照射すると、がん細胞は急速に膨張、破裂し、細胞死、すなわち免疫原性細胞死に至ります。小林博士は多様な抗体とIR700との接合体を開発してきました。これらの開発により、さまざまながんに対する治療の可能性が開かれると期待しています」と共同研究者であるPeter Choyke医師(CCRの分子画像化プログラムの長)は述べ、さらにこう説明する。

「たとえば、中皮腫は手術で取り除くことが困難であることはよく知られていますが、この中皮腫に対し、メソテリン抗体‐IR700接合体を用いたNIR-PITを手術後に実施するという方法が考えられます。手術で切除しきれなかった残存がんを掃討しようという試みです」。

キラーT細胞の活性化

AACR年次総会で発表された研究は小林博士らによるもう一つの知見に基づいている。「がん細胞がNIR-PITに反応して破裂、壊死すると、壊死したがん細胞から細胞内の物質が外へ放出される。すると近傍の健康な免疫系がこの細胞残屑を「異物」として感知し、免疫反応を誘発する。その結果、がん破壊がさらに促進される」という知見である。

「がん細胞を取り巻く微小環境には、そのがん細胞を破壊するキラーT細胞と呼ばれる免疫細胞が存在することが知られています。しかし、これらのキラーT細胞は、制御性T細胞(Treg)という他の免疫細胞によって抑制されています」と小林博士は説明する。

この免疫抑制細胞Tregを除去するため、Tregを標的とする抗体にIR700を接合し、この接合体を、マウス大腸がん細胞あるいはマウス肺がん細胞を皮下に移植した、健康な免疫系をもつマウスに注射した。その後、これらのがん細胞を近赤外線に曝露した結果、がん細胞微小環境から急速かつ選択的にTregが除去され、1時間以内にがん細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)が活性化し、1日以内にがん細胞が縮小し、マウスの生存が延長された。近赤外線に曝露しなかった臓器のTregでは、当該抗体‐IR700接合体を注射しても影響を受けなかった。

本研究では、近赤外線を照射した腫瘍から離れた移植腫瘍細胞に対しても殺傷効果が認められた。

「つまり、治療した腫瘍から遊走した活性化キラーT細胞が、マウスの他の部位にある腫瘍に届き、その腫瘍に対して顕著な免疫反応を引き起こしたということです」と小林博士は説明する。

Treg除去法の利点は、腫瘍の種類ごとに特異的に発現する分子を狙い撃つための多種多様な抗体(その一つが抗メソテリン抗体)を作らなくてもよいという点にあると小林博士は強調する。「体の中には1種類のTregしかありません。したがって、さまざまな種類の腫瘍に対し同じ抗体を用いることが可能と考えられます。さらに、免疫を抑制するTregを1つの部位で取り除けば、キラーT細胞の活性化は全身で誘発されます」。一方、NIR-PITでは、がん細胞を殺すようプログラムされたキラーT細胞しか活性化しないため、マウスの正常組織は傷害されない。

限界と次のステップ

どのようながん治療にもいえるように、NIR-PITにも限界がある。もっとも明白なのは、近赤外線は体のすべての部分に届くわけではないということである。近赤外線は確かに組織の内部まで到達するとはいえ、深部までは到達しない。考えられる解決策の1つとして、中皮腫のような腫瘍組織を手術中に近赤外線に曝露する方法がある。また、肺がんなど、がん種によっては、内視鏡と呼ばれる薄い管状の器具を通したり、あるいは特別な手術器具を用いて超薄型光ファイバーをがん細胞に埋め込んだりすることにより、近赤外線を到達させることも可能である。

また、これらの研究のもう一つの限界は、最初の研究で用いられた中皮腫のマウスモデル、および他のがん種におけるNIR-PITの試験で用いたマウスモデルは、免疫系が著しく抑制されたマウスの皮下にヒト腫瘍組織を移植して作られている点にある。このようなモデルは、ヒトのがんのモデルとするには不十分であると当該研究者らはOncotarget誌に記している。

しかし、「健康な免疫系をもつ動物に対し、腫瘍細胞を標的とするNIR-PITを施療した実験では、免疫を抑制した動物を使ったときよりもはるかに良好な効果が得られました。したがって、健全な免疫系をもつヒトでは、マウスで認められた効果よりもさらに確実な効果が示されると、われわれは考えています」と小林博士は述べる。

その答えを得るための一助となり得るのが、現在継続中のNIR-PIT初期臨床試験である。この試験は、再発性頭頸部がんの患者を対象にIR700と抗EGFR1抗体であるセツキシマブ(アービタックス)との接合体を検証するもので、NCIから技術ライセンスを取得したAspyrian Therapeutics社(サンディエゴに拠点を置く)が実施している。

この初期臨床試験で、NIR-PITの有望性に関するより確かな情報が得られるであろうと、NCIの研究者は期待を寄せる。一方、彼らが追究する治療法NIR-PITによる腫瘍細胞殺傷の機序をより深く理解するためには、さらなる研究が必要であるともChoyke医師は述べている。

【画像の説明】

近赤外線免疫療法では、がん細胞に結合する抗体‐光吸収体接合体が用いられる。近赤外線が照射されると、これらの接合体が結合したがん細胞は膨張し、破裂することにより壊死に至る。現在、近赤外線免疫療法を検証する臨床試験が、手術が困難な腫瘍を有する患者を対象に行われている(米国国立がん研究所)

翻訳担当者 八木佐和子

監修 大野智(補完代替医療/大阪大学・帝京大学)

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