ホルモン補充療法(HRT)と乳癌との関係を明らかにした研究は間違い

英国医療サービス(NHS)
2012年1月17日

本日の新聞において、ホルモン補充療法(HRT)によって乳癌のリスクは上昇しないと新聞数社が報じている。記事は、2002年にその関係が発表された研究は「全くの誤り」であったと報じている。

はじめの研究では、HRTを受けていた女性の乳癌発症率は2倍で、死亡率もより高いことが明らかにされた。The Daily Telegraphおよびその他新聞は、この2002年の発見が「ホルモン補充療法に対する信頼性低下の引き金となり、ホルモン補充療法を受ける女性の数は半減した」と報じている。

今回の新聞報道は、Million Women Studyおよびその他2つの研究のデータの新たな分析に基づいたものである。研究者らは、HRTと乳癌との関係は本当にHRTが乳癌リスク上昇をもたらすことを示しているのかを判断したいと考え、HRTが乳癌を引き起こすかどうかについて述べる前に満たすべき9つの基準について上の3つの研究のそれぞれを評価した。例として、基準の1つでは女性が乳癌になる前にHRTを受けていたかどうかが評価された。

この新たな分析は、はじめの研究の実施が不完全であったことを示唆してはいないが、研究から言えることの限界を強調している。

この新たな分析からは、3つの研究のすべてにおいて9つの基準の大半を満たしておらず、よっていずれの研究もHRTによって乳癌のリスクが上昇するかどうかを確立することはできないことが明らかにされた。

この話はどこから生じたのか?

この新たな研究はケープタウン大学(University of Cape Town)およびサリー大学(University of Surrey)、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)を含むイギリスの大学の研究者らが実施し、論文審査があるJournal of Family Planning and Reproductive Health Care誌で発表された。

新聞は、以前の研究は因果関係を示していなかったことをこの新たな分析が明らかにしたと報じている。

どのような研究であったのか

この研究はHRTが乳癌のリスク上昇をもたらすことを示唆した3つの研究の再分析で、この関係に本当に因果関係があったのかを調査するためのものであった。3つの研究とは:

・  Collaborative Reanalysis、1997年発表、HRTの利用との関係における乳癌のリスクについて調査した51の研究のデータを集めたもの

・  Women’s Health Initiative(女性の健康イニシアチブ)、2002年発表、ランダム化対照試験を2つ含む。1つ目の試験では、平均6.8年間に約5000人の女性がエストロゲン単独HRTを受け、5000人の女性にプラセボを与えた。2つ目の試験では、8000人を超える女性がエストロゲン・プロゲステロン併用HRTを受け、8000人を超える女性にプラセボを与え、平均5.2年間追跡を行った。エストロゲン単独HRTは子宮摘出術を以前に受けた(子宮のない)女性のみが受けることができる。正常な子宮を有する女性においては、プロゲストロンの拮抗のない状態でエストロゲンを与えると子宮内膜の異常増殖を引き起こし、子宮内膜癌のリスクが高まる。

・  Million Women Studyのデータ、2003年発表。これは100万人を超える50才以上のイギリス人女性を追跡した前向きコホート研究である。1996年から2001年にかけて女性たちに乳癌スクリーニングの案内を受け取った際に研究への参加を要請した。

3つの研究それぞれについて、研究者らは因果関係を示すために必要ないくつかの基準を研究が満たしているかどうかを調査し、その結果を一連の論文で発表した。因果関係の基準の他に、3つの研究の研究デザインには次のような特有の長所と短所がある。

・  Collaborative Reanalysis studyのような統合分析は、複数の様々な研究グループおよび様々なコホートにおいて研究が行われた場合には傾向および整合性を見るのに適している。しかし、質が悪かったり、あるいは方法が一貫していないような研究を含んでいる場合には統合分析は信頼できない可能性がある。

・  Women’s Health Initiativeのようなランダム化対照試験は原因と結果を見るのには最適な研究の種類であるが、一般的に規模が小さく、また追跡期間にも限度がある。特に結果の絶対リスクが低い場合において長期における安全に関する結果を特に見るためにこれら種類の研究方法を利用することはまれである。

・  Million Women Studyのような前向きコホート研究ではより長期間の追跡が可能である。しかし、この種の研究では人々は治療群と対照群に無作為に割り当てられていない。つまり、HRTを受けた人々には様々な特徴があり、あるいはHRTを受けたことのない人々に対して過去にHRTを受けたことのある人々もいる可能性があり、それらが乳癌発症の可能性に影響している可能性があることを意味している。

研究の内容

研究者らが調査した9つの基準は以下の通りである:

・時系列:HRTを受けた後に乳癌を発症したのか

・情報のバイアス:HRTは乳癌を引き起こす可能性があるという不安が研究における女性たちの質問に対する回答に影響したか

・発見のバイアス:HRTが処方された場合、女性たちには乳房検査およびマンモグラフィーを定期的に受けることが提言されているーこの検査の頻度の違いによって乳癌が発見されたであろう女性の数は増えたか

・交絡:研究においてHRTを受けた女性は、乳癌発症のリスクに影響するかもしれないその他の要因により多くさらされた傾向があったか

・統計的安定性および相関の強さ:統計はどの程度確かであったか。乳癌のリスクは大きく異なっていたか、あるいは五分五分であるか

・用量-期間による反応:より高用量かつ長期間におよんだ場合、リスクはさらに上昇するのか

・内的整合性:研究対象集団におけるリスクはどの程度異なるのか。例えば、年齢や体重などの基本特性の点において女性間に違いはあるのか

・外的整合性:研究の結果はその他同様の研究と同様であったか

・生物学的妥当性:HRTにおけるホルモンが閉経後女性において乳癌を引き起こす潜在的なメカニズムがあるのか

基本的な結果

Collaborative Reanalysis studyは、時系列、バイアス、交絡、統計的安定性および相関の強さ、用量-期間による反応、内的整合性、外的整合性、および生物学的妥当性の基準を十分に満たしていなかったことを研究者らは示唆している。

Women’s Health Initiativeは2種類のHRTについて見ている:エストロゲン単独HRTおよびエストロゲンおよびプロゲステロン併用HRT。エストロゲンおよびプロゲステロン併用HRTの試験の分析からは、因果関係を示すためのバイアス、交絡、統計的安定性および相関の強さ、期間による反応、内的整合性、外的整合性、および生物学的妥当性の基準を研究結果が十分に満たしていなかったことが明らかにされた。エストロゲン単独HRTの試験では、対照群と比べてこの種のHRTを受けていた女性に乳癌のリスク上昇はなかったことが明らかになった。

研究者らは、(エストロゲン単独HRTを受ける女性、エストロゲンおよびプロゲステロン併用HRTを受ける女性、あるいはHRTを受けていない女性を追跡した)Million Women Studyは大規模であったにもかかわらず、因果関係のいくつかの基準を満たしていなかったと述べている。それらには、時系列、情報のバイアス、発見のバイアス、交絡、統計的安定性および相関の強さ、期間による反応、内的整合性、外的整合性、および生物学的妥当性が含まれた。

研究者らはこの結果をどのように解釈するか

研究者らは、HRTは乳癌のリスクを上昇させるかもしれないし、あるいは上昇させないかもしれないし、3つの研究のいずれもHRTが乳癌のリスクを上昇させると確立することはできないと結論付けている。研究者らはまた、エストロゲン単独HRTの無作為化対照試験では乳癌リスクの上昇は示されなかったと述べている。

結論

研究者らは、HRTが乳癌発症リスクの上昇と関連していると示唆した3つの研究のデザインおよびデータを再分析した。研究者らは、HRTが乳癌の発症をもたらすのか(因果関係があるのか)どうかを判断したいと考え、Collaborative Reanalysisという名前の統合分析研究、Women’s Health Initiative無作為化対照試験、および閉経後女性80万人を含んだ大規模前向きコホート研究であるMillion Women Studyを調査した。

研究者らは、3つの研究のいずれについても、因果関係が確立できるかどうかを述べるために満たす必要のある9つの基準の大半を満たしていなかったことを明らかにした。これら基準の中には、研究に参加した女性は癌の発症前にHRTを受けたのかどうかが含まれていた。研究者らは、研究において交絡因子(HRTを受ける可能性と乳癌発症可能性の両方に関係している可能性のある因子)に対して調整を行ったかどうかについて調査した。また、因果関係について生物学的妥当性があるのかについても調査を行った。

新たな研究は、HRTと乳癌リスクがただ単純に関連しているというだけではなくHRTは乳癌のリスクを上昇させるかもしれないと示唆したエビデンスについて我々に再検討を促したという点において重要な研究である。この新たな研究は、3つの研究からはHRTと乳癌のリスク上昇には関係があるかもしれないし、あるいはないかもしれないということだけしか言えないことを示している。さらには、入念に計画した研究によりHRTが実際に乳癌のリスク上昇をもたらすのかを判断する必要がある。

閉経後の症状を理由にHRTを受けている女性あるいはHRTを受けていた女性は、HRTが関連するあらゆる癌のリスクはHRTを中止してから5年後に通常レベルに戻ると述べているCancer Help UKの助言を留意すべきである。

新聞記事リンク先

HRT link to breast cancer flawed. The Daily Telegraph, January 17 2012

HRT breast cancer alert that led to thousands of women abandoning treatment was ‘based on bad research’. Daily Mail, January 17 2012

HRT breast cancer link in doubt. The Independent, January 17 2012

HRT breast cancer link claims spark row. Daily Mirror, January 17 2012

科学文献リンク先

Shapiro S, Farmer RDT, Seaman H et al. Does hormone replacement therapy cause breast cancer? An application of causal principles to three studies. Part 1. The Collaborative Reanalysis. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care 2011;37:103-109.

Shapiro S, Farmer RDT, Meuck AO et al. Does hormone replacement therapy cause breast cancer? An application of causal principles to three studies. Part 2. The Women’s Health Initiative: estrogen plus progestogen. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care 2011;37:165-172.

Shapiro S, Farmer RDT, Meuck AO et al. Does hormone replacement therapy cause breast cancer? An application of causal principles to three studies. Part 3. The Women’s Health Initiative: unopposed estrogen. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care 2011;37:225-230.

Shapiro S, Farmer RDT, Stevenson JC et al. Does hormone replacement therapy cause breast cancer? An application of causal principles to three studies. Part 4. The Million Women Study. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care. Published online January 17 2012

翻訳担当者 金井太郎

監修 原 文堅 (乳癌/四国がんセンター)

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原文掲載日 

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